タバコとがんの関係をもう少し続けます。多くの人はタバコががんの原因になるのはタバコの煙に含まれるタール成分によるものと考えておられることでしょう。それはそれで間違いないのですが、それだけでは十分ではありません。100点満点の 50 点なのです。なるほど、タバコのタール成分の中には、ベンツピレンをはじめとして約 40 種類の発がん物質が含まれていると言われています。だけど、そのことはパイプの煙も、煙管の煙も、さらには囲炉裏の煙もほぼ同じなのです。なぜ、これらの煙の発がん性はタバコ煙より格段に低いのでしょうか。説明がつかないのです。タバコの煙の中にはもう一つ発がんを助ける物質がありそうです。そうですね。活性酸素なのです。
 事実、タバコの煙の中には過酸化水素といわれる活性酸素が多量含まれていることや、その活性酸素が細胞の中に入り込んで核の中のDNAを傷付けていることも分かっています。
 発がんのメカニズムは大変複雑なのですが、現在では一つの細胞ががん細胞に変身するのは一度にではなく、二段階で行われていると考えられています。適当な日本語がないので難しい言葉を使って申し訳ありませんが、発がんの最初の段階をイニシエーション、次の段階をプロモーションと呼んでいます。イニシエーションとは細胞を発がん準備状態にすることで、イニシエーションを受けた細胞はまだがん細胞ではなく、大部分はがん細胞になることなく普通の細胞として一生を終えます。イニシエーションを受けたがん準備状態のプロモーションが働くと、一部の細胞はがん細胞に変身するのです。しかし、これが直ちに臨床的な(病気としての)がんになる訳ではありません。新しく生まれたがん細胞は、今度は正常な身体の細胞からエイリアン(異物)とみなされ猛烈な攻撃を受けます。この攻撃を担っている主力部隊が免疫なのです。この免疫の力で多くのがん細胞が死滅しますので、この攻撃をしのぎ切ったがん細胞のみが、はじめて臨床的ながんとして認知されるのです。そうしてこのがん細胞が増殖をして、しっかりと身体に根付く最後の段階をプログレッションと呼んでいます。
 つまり、臨床的にがんと呼ばれる病気は、イニシエーション、プロモーション、プログレッションの3段階を経てはじめて認知されます。活性酸素はこの全ての段階で、がんの生育を助ける方向に働くのです。そうして、めでたくがんが完成するまでに、約 15 ~ 20 年かかることが分かっています。 60 歳でがんになった人は、 40 ~ 45 歳にその萌芽が見られるのです。
  第一次世界大戦が終わって約 20 年経ってから人々が肺がんの増加に気付き始めたという事実も、このこととよく合致していますね。あと一度だけ、タバコの話を続けます。
(2005年7月1日掲載記事)