「日本抗加齢医学会」って、お聞きになったことがあるでしょうか。実は、この学会は遅老遅死を研究する学会で、6年前に設立されています。もちろん、私も古くからのメンバーです。
遅老遅死はどのように実現すればいいのでしょう。前回、私は女性が男性より長生きなのは、女性ホルモンという抗酸化物質が活性酸素の悪い働きを抑えることに原因があると申し上げました。男性が長生きをしようと思えば、とりあえず女性になればいいということがわかります。この前私は、長生きをするために去勢をした人の話をしました。これは効果的な方法であると思いますが、長年お付き合いしてきた大事な物を、もう役に立たないから摘出して捨ててしまうなんて人情として忍び難く、あまり一般的な方法とはいえませんね。では、どうすればいいのでしょう。
これを知るためには、まず、我々の寿命がどういう仕組みで決まってゆくのかを理解する必要があります。
私たちは何となく、「命あるものには必ず寿命がある」と思いがちですが、実は、この考えは生物学的には正しくありません。不老不死の生物は存在するのです。
1個の大腸菌があります。この大腸菌は、やがて2個になり、4個になり、8個になり、環境さえ良ければ無限に増殖していきます。実際にそうならないのは外部環境が悪くなって無限に増殖できなくなるからであり、大腸菌の自然の寿命が尽きて死んでゆくからではありません。
「ずるいよ、そんなの」と言われるかもしれませんが、大腸菌は立派な生物であり、寿命が存在するとはいえないのです。また、樹齢何百年といわれる樹木も、寿命があるのか無いのかよく分かっていません。これらの樹木は、風水害や病害から守り、環境さえ整えてやれば、無限の命を保ち続けるのかもしれないのです。
このように生物には必ず寿命があるとは限りませんが、すくなくとも高等動物に限って言えば、寿命は確かに存在します。
我々の身体は約 60 兆個の細胞で出来ており、その1個1個の細胞は基本的な構造では、大腸菌と大した違いはありません。それなのにどうして大腸菌には寿命がなく、我々の身体には老いがあり、その結果としての寿命があるのでしょうか。次回も寿命の話が続きます。
(2004年8月1日掲載記事)