運動が身体に、ひいては健康や寿命にいい影響を与えるのか、そうでないのかはとても難しい問題です。この問題に解答するためには、まず、運動とは何かということを定義しなければなりませんが、これにはまり込んでしまっては泥沼の神学論争になってしまいますので、やめておきます。まあ、「運動は運動やんか」くらいに理解しておいて下さい。
 運動が健康に良いということは、ほぼ、一般的な常識になっています。そしてそれを支持する研究や統計がしきりに喧宣されています。「運動により血糖値が下がる」「血圧も下がる」「善玉コレステロールが増加し、悪玉コレステロールが減少する」「中性脂肪値が下がる」「ストレスの解消に有効である」「骨や関節が強くなる」その結果、「心臓病や脳卒中や、それに続く寝たきりを防止する」などなどの意見です。これらの意見に対しては、それぞれEBM(医学的根拠に基づく証明)がなされており、それはそれで、正しいのだと思っています。
 しかし、私はそれに対して「本当にそうかな」と、首を傾げてしまうことも多いのです。一番引っ掛かるのは活性酸素のことです。筋肉運動が増加すれば、酸素消費量は増えます。酸素消費量が増えれば、活性酸素もより多く発生します。これは健康や寿命に悪いものだから、活性酸素の立場から申せば、運動は身体に悪いということになります。このことは以前にも申しましたが、下等動物では証明された事実であり、同種の動物では、より運動するものの方が、寿命はより短いのです。
 野生の成獣は捕食と生殖活動以外はほとんど動きません。動物園のライオンは運動不足のため、野生のライオンより短命でしょうか。私は詳しくは知りませんが、動物園のライオンの方が、野生のライオンよりも多分長命だと思います。我が家の老犬も自由時間の大半を眠って過ごしています。飼い主に似たのでしょう。彼が健康のため、ジョギングをやっているのは見たことがありません。
 私は仕事柄、平均寿命以上の長生きをされている方と接する機会が多いのですが、この人たちに「何か運動をやっていたか、またはやっているか」と聞きますと、「別に、何にもやってしまへん」と言う人の方が圧倒的に多く、運動をやっている人の方がかえって珍しい、という印象を受けています。
 日常的に運動を仕事としている肉体労働者は、健康で長命でしょうか。むしろ逆のような感じがします。どんな国の統計でも、聖職者(お坊さん)は長命ですが、特殊な場合を除き、運動を常とする職業とは思えません。正確な統計はありませんが、激しいスポーツをやっていた人や、プロの運動選手は有病率が高く、長寿の人はむしろ少ないという印象を受けます。運動が身体に良いのなら、これらの話は全て、逆でなければならないはずなのです。
 それだけではありません。私の外来には運動で足を痛めた、腰を捻挫した、膝が痛くなった、などの運動器の障害を訴える人が大勢来られますし、それだけならまだしも、登山や水泳、潜水などには直接の死の危険を伴いますし、ジョギングやゴルフも死亡事故の多いスポーツなのです。
 とは言っても、運動でいい汗をかいて、適当な疲れを感じながら、「グーと一杯」なんて、人と生まれて至福のひと時でもあります。主治医から運動不足を指摘されたり、自分で運動不足だと思い込んでおられる読者も多いことでしょう。
 健康や寿命と運動の関係は、まだ正確には解明されていません。健康に良かれとやってきた運動が、実は悪かったのでは、目も当てられません。どう考えてゆけばいいのか、次回、私の意見をご披露したいと思います。
《参考文献》
『活性酸素の話』永田親義著/講談社ブルーバックス
『不老革命』古川敏一著/朝日新聞社
『スポーツは体にわるい』加藤邦彦著/光文社
(2006年7月1日掲載記事)