第一次世界大戦中(~1919)に、タバコ世界に革命が起こりました。それまで、タバコと言えば葉巻やパイプや煙管だったのですが、欧州戦線を中心に紙巻タバコが爆発的に普及し出したのです。それにつれて、各国の紙巻タバコの生産量もうなぎ登りに増えました。それから約 20 年後。人々は、戦争に参加した欧州各国で肺がんが急増しているという事実に気づき始めました。この中でも特に増え方の著しかったイギリスでは、リチャード・ドルという著名な疫学者を中心とする委員会にこの調査を命じました。ドルらは、3万4千人余の男性医師会員を対象として喫煙習慣と肺がん死亡率との関係を 20 年間にわたり調査を続け、ついに、肺がんの原因の 90 %がタバコであることを突き止めたのです。これは1976年に発表され大きな反響を呼びましたが、その後、世界の各地で行われた疫学調査の結果もこれと同じく、肺がんの原因はタバコであるという結論でした。
 疫学というのは、ある病気の原因を実験室の中で特定し証明するのではなしに、多くの人間を長い時間をかけて調べ上げ、特定の病気を持つ人々の共通の原因を探り出す学問を呼ぶのです。わが国では水俣病やスモン病の原因特定に大きく寄与しています。
 実験室でどうしても証明できず灰色だったタバコと肺がんの関係も、ドルらの疫学研究により、ついに黒白の決着がついたのです。その後、ドルらはあらゆるがんに対して疫学的方法を使って研究を進め、ついに人のがんの原因を大胆に数値化して1981年に発表しました。その結果をグラフに示したのが右の図です。この図を見てみますと、なんと驚くべきことに、人のがんの約 30 %がタバコが原因となっています。日常マスコミでよく話題になる大気汚染や環境破壊物質などのがんに対する影響は、タバコに比べるとお話にならないほど少ないのです。タバコは嗜好品であり、吸う吸わないは個人の自由であるという人もいます。私もその意見にあながち反対ではありませんが、単一の物質でこれほど人類に災害を及ぼしたものは他には見当たりません。がんになりたくない人はやはりタバコをやめたほうがいいでしょう。何しろ肺がんの 90 %(日本では 70 %と言われている)、全てのがんの 30 %がタバコなのですから。みすみす原因の分かっている病気に自ら進んでなることはないと思うのです。
〈参考文献〉『活性酸素の話』永田親義著/講談社―ブルーバックス
(2004年4月1日掲載記事)