少し話がそれますが、「大腸菌は寿命が来て自ら死ぬことはない、つまり、寿命がない」と申し上げたのを覚えている方もいらっしゃるでしょう。このことは、人間の細胞についても当てはまることなのでしょうか。人間の身体の細胞を採ってきて培養をしますと、1個の細胞は、2個になり、4個になり、大腸菌と同じように倍々ゲームで増えてゆきますが、驚くべきことに、ある決まった回数分裂すると、まるで申し合わせたかのように突然増殖が止まり、全ての細胞が死滅してしまいます。これらの細胞は一定回数以上の分裂はするなという指令を、遺伝子から受け継いでいるからなのです。何回分裂したら死ねという指令は細胞により異なりますが、このように人間の細胞は大腸菌と違って永遠に行き続けることは出来ないのです。
 現在では、細胞の中の染色体にはテロメアと呼ばれる部分があり、これが分裂の回数を計るカウンターの役目をしていることも明らかになってきています。テロメアはちょうど回数券を切るように、1回分裂するたびに短くなっていきます。回数券がなくなれば生命は終わりなのです。少し余談になりますが、人間の細胞でも時々回数券を切らずに無賃乗車する横着な細胞が出現します。癌細胞です。癌細胞はテロメアを切らずに分裂しますので、寿命はなく増え続けるのです。癌の研究に良く使われるヒーラ細胞という癌細胞が研究者の間で受け継がれていますが、この細胞は1952年に採取された米国の Helen Lake という婦人の子宮癌の細胞で、現在まで綿々と受け継がれており、絶えることがありません。このことは癌細胞が絶え間なく増殖することの証明になるとともに、癌細胞というものはその染色体=遺伝子に異常が起こった細胞であるということの証明にもなるのです。
 個々の細胞に寿命がある以上、その集合体である人間に寿命があるのは当然の話です。寿命に関係する遺伝子を操作して、不死を手に入れる、または、そのことを現実の問題として考えることが出来るようになるまでには、多分最低でも500年はかかるでしょう。「そんなけしからんこと出来るはずがない。神への冒涜である」とおっしゃる方もおられるでしょう。哲学の領域の話ですから、皆様もお暇なときにお考え下さい。次に進みます。
 それでは、我々は遺伝子の定める寿命を一杯に生きているかというと、当たり前のことながらそんなに長くは生きていません。遺伝子が定める人間の寿命は一体何歳くらいなのでしょう。これもよく分かっていませんが、120歳以上であることは間違いありません。大体150歳くらいかなというのが、大方の意見ですが、いや300歳だ、500歳だと言う人もいます。これも証明できる話ではありませんので、何を言ってもいいのです。いずれにせよ我々はこの年齢よりうんと若く死んでいるのです。もったいないですね。何故そうなるのか考えてみましょう。
(2004年11月1日掲載記事)